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ゴーシェ病患者さん・ご家族のお話

ゴーシェ病患者さんのご家族のお話⑧ Ⅲ型

姉と妹、2人のゴーシェ病。
未来に期待を寄せながら、一歩ずつ、家族みんなで生きていきたい。

「日本ゴーシェ病の会」会員

「ご家族」
お父さん
お母さん
長女(25歳):19歳でゴーシェ病(Ⅲ型)と診断
次女(20歳):14歳でゴーシェ病(Ⅲ型)と診断
長男(17歳)

小学校入学時、チック、難治性てんかんと診断された長女

長女と次女の2人がゴーシェ病なのですが、小学校入学前まではそのような兆候はなく、2人とも普段どおり元気に生活していました。
まず、長女に異変が起きたのは、小学校に入学した7~8歳の頃。時々、手がピクッと震えるようになり、近所の小児科医院でチック※1の可能性があると言われました。そのうち、足もピクピクするようになり、中学生の頃には歩行に支障が出て、さらには握力が弱くなり物を持ってもすぐに落としてしまうような症状が出てきました。
耳から入る情報の学習より、目で見る情報の学習が苦手で、学習障害が出てきたため、通信制のような高校に入学して約1ヵ月が過ぎたある朝、長女の部屋に行くと、それまで見たことがない大きなけいれんの発作※2を起こしていました。救急車で病院へ行き、さまざまな検査の結果、てんかん※3と診断されました。しばらくは処方していただいた薬で症状がコントロールできていたのですが、年末の検査で脳波※4に異常が出て、さらにその後、大きなけいれんの発作も再発したため、てんかんの専門病院へ紹介いただき、難治性てんかん※5と診断されました。具合が悪く大きなけいれん発作を起こすことも多かったため、高校時代の後半は、入院することが多くなりました。
手がピクつくミオクローヌス※6という発作と違い、大きな発作では意識を失ってしまうので、はじめのころは死んでしまうのではないかと本当に怖かったです。夜中に病院に電話してしまうこともありました。明け方の寝ているときに発作があるので、朝の4時くらいには心臓がドキドキしてきて冷や汗をかいてしまうほどでした。今は慣れたことと、発作の頻度が減ってきたのでそうしたことはなくなりました。

※1 チック:突発的にすばやい動きを連続的に繰り返す症状です。
https://www.kango-roo.com/word/11702
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/004/008/001.htm

※2 大きなけいれんの発作:てんかん発作の一種で、「痙攣大発作(けいれんだいほっさ)」と呼ばれます。全身の痙攣、あるいは脱力などが突然起こります。
http://www.jea-net.jp/tenkan/tenkantoha.html
https://www.neurology-jp.org/public/disease/tenkan_s.html

※3 てんかん:
脳の神経が異常に興奮し制御がきかなくなることで、発作を繰り返す慢性の病気です。突然意識を失って反応がなくなる意識障害、全身を硬直させる強直(きょうちょく)発作、痙攣などの発作が繰り返し起こります。
(ゴーシェテラス用語集より)

※4 脳波:脳の活動状態を示すもので、脳の表面に電極を当てて記録することができます。
https://www.kango-roo.com/sn/k/view/2159

※5 難治性てんかん:お薬が効きにくい、治りにくいてんかんのことです

※6ミオクローヌス:体の一部に筋痙攣を起こす不随意運動症(自分の意思とは関係なく体が動く症状)のひとつ

長女の入院中に、次女にも異変が現れ…

高校生の長女がてんかん専門病院に入院しているころ、小学生だった次女にも同様の症状がみられるようになりました。「ふたりは同じ病気かもしれない」と思い、長女が入院している病院に次女を連れて行き、検査を受けました。やはり、次女にも脳波の乱れがあり、てんかんのお薬で症状をコントロールすることになりました。次女は長女よりも病状の進行がはやく、中学2年の秋には長女と同じ病院に入院することになったのです。そのころの次女は、大きなけいれんの発作を頻発し、歩行や文字を書くことにも障害が出ていました。

てんかんだと思っていた姉妹の病気が、遺伝子検査でゴーシェ病と判明

次女の入院をきっかけに、担当の先生から遺伝子検査※7を勧められました。遺伝子検査の結果から、ふたりとも「ゴーシェ病のⅢ型」ということがわかりました。次女の病気の進行が早い原因のひとつとして、次女の方が長女よりも体の中の酵素量が少ないということも分かりました。また、鳥取の大学の先生方が入院中の病院へ来てくださり、さらなる治療のための検査もしてくださいました。
ゴーシェ病と診断されたときは、聞いたこともないまったく知らない病気だったので、インターネットで調べました。「完治することはない」ということを知っても、「今は無理でもいつか治るんじゃないかな」という感じでした。

※7 遺伝子検査:遺伝子の欠損や異常などを調べ、何らかの病気や、それにかかりやすい素因を発見するために行われます。お薬がその人に合うかの診断に用いられることもあります。
https://www.kango-roo.com/word/19980

酵素補充療法、そしてシャペロン療法を開始

ゴーシェ病と診断後、ふたりともすぐに酵素補充療法を開始しました。
また神経症状の改善を期待して、鳥取の大学でシャペロン療法※8を受けることが可能になりました。こうした治療のおかげで、娘たちの症状は少しずつ改善しており、手をつないであげると自分たちで歩けるようになり、調子がいいときは家の階段をのぼることができるようにまでなりました。最近では洗濯物のタオル類を畳んでくれることもあります。外食時に、気がついたら自分でお箸を持ってご飯を食べていたのにはとても驚きました。
現在は、月2回の酵素補充療法のうち、1回を近所の市立病院で受け、残りの1回を隣の県のてんかん専門病院で受けています。専門病院では1週間程度入院して、検査やリハビリもしてもらっています。また年に1回、鳥取の大学に入院して治療を受けています。

※8 シャペロン療法:患者さんが本来持つ不安定な酵素を安定化する物質(シャペロン)を利用した治療法。患者さん自身の酵素の一部が働けるようになり、グルコセレブロシドを分解できるようになります。ただし、遺伝子変異によって効果のある人とない人がいます。日本におけるゴーシェ病に対するシャペロン療法は承認適応外です。
(ゴーシェテラス用語集より)

たくさんの方々に支えられながらの毎日

平日は、朝と夕方、自宅にヘルパーさんに来ていただいていますが、デイサービスにも週2~3回通い、活動的に過ごしています。自宅では、姉妹おもいの優しい長男が当たり前のように色々と面倒をみてくれます。遠方に住んでいる私の妹も、年に何回か手伝いに来てくれるなど、愛情をもって支えてくれています。

家族旅行を再開

私たち家族は旅行が好きで、娘たちがゴーシェ病を発症する前は家族でハワイ旅行にも行っていました。長女と次女の病気が進行してからは旅行どころではなくなっていたのですが、最近また、年に1回の家族旅行を楽しめるようになってきました。旅行先で大きなけいれんの発作が起きてしまい、旅行に行ったのにホテルから出られなかったということもたまにありますが、だいたいの旅行は娘の車いすを押しながら、みんなでいろいろなところへ出かけ、楽しい時間を過ごせています。

未来に期待

少し前の時代を振り返ると、携帯やパソコンでこんなにも多くのことができる時代が来るなんて考えもつかなかったと思います。私たちの予想をはるかに超えるスピードで、たくさんのことが進歩しています。同じように娘たちの病気も、諦めていません。いつかこの病気を治してくれる治療法ができることを、心から信じています。
そんな未来を考えながら、まずは娘たちが自宅でできるような仕事を持てるところから、一緒に考えていきたいと思っています。
そして私自身も、時にはテニスをしたり、人に会ったり、娘たちがゴーシェ病であっても、自分の人生を楽しみ、大切にすることを忘れないでいたいと思っています。私も楽しく生きることが、娘たちへの大きなエールになると思っています。「お母さんが笑っている。だからきっと大丈夫。」そんなエールが伝わると信じています。