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ゴーシェ病患者さん・ご家族のお話

ゴーシェ病患者さんとご家族のお話⑤ Ⅲ型

2歳でゴーシェ病(Ⅲ型)と診断を受け、神経症状を心配しておりますが、
これまで特に問題もなく、もうすぐ20歳になります。

「日本ゴーシェ病の会」会員

「お話ししてくれたご家族」
お母さん(母)
長男(19歳):2歳でゴーシェ病(Ⅲ型)と診断

1歳半健診で肝脾腫が見つかり、2歳でゴーシェ病と診断

(お母さん)
私たちは、息子が1歳半健診で肝脾腫があると言われるまではまったく病気のことに気がつきませんでした。後からビデオを見直してみると、おむつを替えている時のお腹が異常に大きく、テカリがあることが気になりましたが、当時は赤ちゃんのお腹はこのくらい大きくて当たり前だと思い込んでいました。大きなお腹のために息子が歩きづらそうだったことは覚えています。
検査ができる総合病院を受診するように言われ、その頃、卵アレルギーのために通っていた大学病院の先生に相談しました。エコーでお腹を見てもらい、貧血も見つかりましたが、経過観察ということになりました。
息子にゴーシェ病と確定診断がつくきっかけになったのは、ある土曜日、昼ご飯を食べた後、泣き出して、それが苦しそうでなかなか泣きやまず、近くの病院に連れて行ったことでした。この時、母親の直感で「これは何かがおかしい」と感じ、小児科のある別の総合病院を受診しました。そこで担当してくださった先生が、本当に熱心に息子を診てくださいました。考えられる原因をしらみつぶしにしていこうということで、癌の検査をしたり、様々な薬を飲みました。そして、しばらくして先生から、私たちが最初に受診した大学病院の神経内科に行くように勧められ、そこでゴーシェ病と診断を受けたのです。

診断結果を受け入れ

ゴーシェ病と診断がついた時は、正直、はっきりとした病名が分かったことに、ほっとしたという気持ちの方が強かったです。私は、息子を出産する前に一度、妊娠した経験があったのですが、その時の赤ちゃんは胎盤剥離で生まれることができませんでした。だから、息子に対しては、「生まれてきて、今ここにいてくれてありがとう」という想いが強くありました。ゴーシェ病が進行性の病気だと分かった時も、「よし分かった。この子が動ける間に、いろんなところに連れて行ってあげよう、できるだけたくさんの経験をさせてあげよう。」と決意しました。

15年以上続けている酵素補充療法

当時既にゴーシェ病の酵素補充療法がありましたので、すぐに治療を始めました。治療を始めたら、いつの間にかお腹が小さくなって、普通に歩き始めました。
最初の1年間は大学病院に通い、その後は、家の近くの総合病院に紹介状を書いてもらい、そこへ通院するようにしてもらいました。息子が小学校に上がる頃、主人の仕事の都合で引っ越しになり、神経系の先生がいらっしゃる近くの母子センターで治療を受けるようになりました。
息子が高校生の時には、ゴーシェ病の新薬の治験にも参加しました。その時は、熱心にゴーシェ病を診療されている大学病院の先生の元に通いました。しかし、治験は診察・点滴時間等の制約もいろいろあったので、学校生活を普通に送りたくて治験は1年間だけ参加して、その後は母子センターに戻ろうかとも思ったのですが、息子ももう高校生になっていたので、一般の病院の方がいいだろうということになり、家の近所の別の病院で治療を受けるようになりました。
こうやって思い返すと、15年間以上にわたって、5つの病院で治療を受けてきたことになり、その年月の重みを感じます。

同級生と変わらない普通の学生生活

(ご本人)
僕自身の記憶としては、幼稚園に通い始めた頃、病院に行って点滴を受けていた記憶はうっすらと覚えています。ただ、理由は知りませんでした。自分がゴーシェ病だということを小学生の時に教えられましたが、自分の体に何も異常を感じていなかったので、よく分かりませんでした。
小学校の思い出は、みんなで修学旅行に行ったことです。中学校、高校では硬式テニス部で思い切り活動して、ごく普通の学生生活を送ることができたと思います。
病気のことを話した時にいろいろと聞かれるのが面倒という気持ちから、友達にも、先生にも、病気のことは一切伝えていなかったので、周りから特別視されることもなく過ごしてきました。
今は高校を卒業して、理学療法士を目指して専門学校に通っています。理学療法士の勉強をするようになって自分の病気のことにも興味が湧いてきました。自分なりに、自分の病気のことについてインターネットなどで勉強しています。

家族も一生懸命サポート

(お母さん)
息子は、病気のことを友達に伝えたがりませんでした。治療に連れて行くために私が学校の門で車を停めて待っていてもなかなか出てきてくれずに、予約の時間に遅れてしまうのではないかと、ハラハラしたこともありました。
学校には、担任の先生が変わる度に私から病気のことを伝えました。
親戚にも病気のことは話しましたが、息子がいたって普通なので、「もう治療に行く必要もないんじゃないか?」と言われることもあります。
長女がお腹の中にできた時には、出生前診断と、生まれた後にも検査をしていただきましたが、ゴーシェ病ではありませんでした。

最近は治療にも慣れ

(ご本人)
今は2週間に1回、近くの病院に治療に通いながら、1年に1回、大学病院で専門の先生に診ていただいています。2週間に1回の治療は、待たなくて済むように、診療時間前の時間帯を当ててもらっているので、1時間ちょっとで終わります。血液検査や尿検査が入ることもありますが、特に負担に感じることはありません。

少しずつ自立していく息子

(お母さん)
以前、担当の先生から、息子は将来的に神経症状が現れるゴーシェ病Ⅲ型と聞いていましたので、私としては、いつ神経症状が出てくるのかと常に心配しながら彼を見守ってきました。先生から、「眼の動きに変化が出てきたら教えてください」と言われていたので、気にしていますが、ありがたいことにまったく異常なくここまで来てくれています。
最近は、病院の送り迎えは可能な限りやっていますが、病院では本人が診察室や処置室から出てくるのをただ待っているだけです。

患者会主催の勉強会はほぼ毎年家族で参加

(お母さん)
年に1回の患者会が主催する勉強会には、彼が2歳で診断がついて以来、家族で参加してきました。直近の会には60人程度の患者さんとご家族がいらっしゃっていました。勉強会にはゴーシェ病に詳しい先生方も参加され、直接、個々に質問に応じてくださるなど貴重な機会があります。私は参加する度に、ゴーシェ病Ⅲ型で現れる症状について、先生方を質問攻めにしています。
また、この患者会で、ゴーシェ病の治療を受けながらお仕事をされている方のお話を伺うことができ、息子も今、就職を控えており大変参考になりましたし、治療と仕事が両立できるという大きな勇気をもらいました。

夢を持って、前を向いていく

(ご本人)
将来は、理学療法士になって人を助ける仕事をしていきたいと思っています。また、今、運転免許証を取るために自動車教習所に通っています。免許証が取れたら、いろんなところに行ってみたいですし、ゴーシェ病の治療にも自分で運転して行きたいと思っています。
もちろん僕自身、何も不安がない訳ではなく、「今後、本当に就職できるのか」、「神経症状はこのまま出てこないか」、と考えることもあります。ただ、くじけずに、病気でも前向きに生きていきたいとの想いがあります。今、自分にできることは、治療を続けながら夢に向かって勉強していくことだと思っています。それが、ここまで僕を支えてくれたお母さんへの一番の恩返しになると思っています。