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ゴーシェ病患者さん・ご家族のお話

ゴーシェ病患者さんのご家族のお話② Ⅱ型

家族、友達、
みんなと一緒にゴーシェ病と向き合えたことが、とても心強かったです。

「日本ゴーシェ病の会」会員

斜視とお腹の張りに違和感を

最初に気になったのは斜視でした。健診でも先生から、「光は見えていますが焦点が合いにくいようですね」と斜視を指摘され、気になるようなら眼科を受診するように勧められました。 また、喉がいつもゴロゴロいっていて、何か違和感があるのか、手で喉を引っ張るような仕草をずっとしていました。お腹も、赤ちゃんのときならぽっこりしているというのは上の子2人で経験していましたが、「こんなにお腹が出ていたかな?」と思うくらいに、ぱ〜んと飛び出していました。
さらに、その後も長女や次女が普通にお座りやハイハイができていた月齢になっても上手くできない状態で、「どうしたんだろう・・・」という不安は、長男が成長していくにつれてどんどんと大きくなっていきました。

症状が気になりだしてから数ヵ月経って、ようやく判明した病名

ちょうど生後10ヵ月の頃でした。体中に湿疹が出て、また熱も出たので近所の小児科で診ていただきました。そのときは麻疹の疑いがあるということで、もっと大きな病院を紹介され、血液検査などを行うと、RSウイルス感染や気管支炎と診断されたため、1週間ほど入院することになりました。しかし、退院した後も喉がゴロゴロするたびに色々な病院を受診し、様々なくすりを処方してもらったのですが、何種類もの抗生物質を飲んでも喉のゴロゴロ、ゼーゼーは治まりませんでした。
そして、長男が1歳2ヵ月のときです。夕飯を喉に詰まらせ、むせてしまい、夜中に急変して近所の救急病院へ駆け込みました。高熱が出て呼吸が苦しそうな上、けいれんも起きていて、あの時は「どうか助かりますように!」という気持ちでいっぱいでした。先生たちはけいれんする長男を見るとすぐに酸素マスクを用意し市立病院に搬送しました。しかし、そこでも対応できず最終的に大学病院の救命センターに搬送され、検査の結果、肺炎を起こしているうえに、脳がむくんでいて、肝臓、脾臓も肥大していることがわかりました。長男の体の中が、まさかそんな状態になっていたとは知らず、愕然としました。この時点ではゴーシェ病という診断名はまだついていなかったのですが、担当の先生が皮膚の培養を継続してくださっており、約1ヵ月後にゴーシェ病という診断名が私たち家族に告げられました。

治療しても効果がみられない・・・、後悔ばかりが強くなる

先生からゴーシェ病と告げられ、説明を受けましたが、そのときのことについては、はっきりと覚えていません。そのときに言われたことの多くは、「なぜうちの子が?」というショックのほうが強くて、頭に入りませんでした。
先生から治療についての説明の中で、「ゴーシェ病は完治することはないけれど、治療で症状を抑える方法はある」と聞き、すぐに治療を始めました。しかし、ゴーシェ病とわかるまでに時間がかかりすぎていたのかもしれません。治療を始めても長男の症状が良くなることはなく、入院する度にどんどんと悪化していき、できていたことが1つずつできなくなって、とうとう寝たきりの状態となってしまいました。
常にけいれんで辛そうにしている長男を見て、「もっと早く気付いてあげることができたら良かったのにな・・・」という強い後悔の気持ちが、幾度となく込み上げてきました。

とてもうれしかった娘たちの協力

家族のことだから、みんなで一緒に向き合いたいと考え、上の娘たちにも話したのですが、そのときはあまりのショックに娘たちは泣きじゃくっていました。毎日長男が頑張っている姿を見て、娘たちがすごく協力してくれたことは、本当にありがたく、私自身とても助けられました。娘たちは看護師さん以上に痰の吸引やお世話が上手で、夜中、私たちが疲れて寝てしまっていたときも、隣の部屋から長男の痰の詰まった音が聞こえると娘たちが起きて吸引してくれました。冬の寒い時期には、「私たちがみているから、お母さん買い物へ行ってきていいよ」と言ってくれて、とても協力的でした。
しっかりしているように見えても、まだ小・中学生の娘たち。時々不安になることもあるようで、「病気はどうしたら治るの?」と聞いてくることもあり、「完治は無理だけど、ずっと治療を続ける必要があるのよ」と話すと、長男に向かって娘たちが「体調の良い時には、みんなで一緒に遊びに行こうね、約束だよ」とよく話しかけてくれていました。

ご近所の友達・家族からも暖かい手を差し伸べられて

容態が急変して救急車で運ばれるようなときでも、友達・家族が上の娘2人を預かってくれました。もちろん普段から家族ぐるみのお付き合いをしていた間柄ですから、長男がゴーシェ病とわかってからも、今までと変わりなく接してくれていました。
長男は訓練と保育が一緒になった医療型児童発達支援センターという施設に通っていたのですが、そこで知り合ったママたちとの出会いを今でも大切にしています。
私はよく「明るいママだね!」と言われる事が多く、私の家族もみんな明るくて、そんな中で育ってきた長男を、これからも不安にさせないように、我が家らしくゴーシェ病と向き合っていけたらいいなと思いました。